昔のゲームの想い出 [0250] 「ドンキーコング」 [任天堂] [1981] [アーケード]
《初ドンキーコング&マリオ!》
先日いただいたコメントの流れで、久々に「ドンキーコング」がプレーしたくなり、ガッツリとプレーをしてスッキリした流れで、「そろそろこの偉大なアクションゲームの想い出でも書くかな。」という気分に。
アーケード版ドンキーコングシリーズを想い出記事にするのは約11年振りで、残りは「ドンキーコング3」のみとなりました。
このゲームには小さなネタ的な想い出が沢山あるため、語れば語る程色々あるのですが、とりあえず掻い摘んで且つ私的なネタとして残しておきたい事を記録しておこうと思います。

今回はスクショを沢山録るからアーケードアーカイブス版で。
先日いただいたコメントの流れで、久々に「ドンキーコング」がプレーしたくなり、ガッツリとプレーをしてスッキリした流れで、「そろそろこの偉大なアクションゲームの想い出でも書くかな。」という気分に。
アーケード版ドンキーコングシリーズを想い出記事にするのは約11年振りで、残りは「ドンキーコング3」のみとなりました。
このゲームには小さなネタ的な想い出が沢山あるため、語れば語る程色々あるのですが、とりあえず掻い摘んで且つ私的なネタとして残しておきたい事を記録しておこうと思います。

今回はスクショを沢山録るからアーケードアーカイブス版で。
【ファーストインプレッション】
このゲームは1981年の夏休みに入ってからすぐ、母親が藤沢に買い物に行くのにくっついて行き、同じビルでゲームセンターがあるのを見付けたので、「ここにいるね。」と伝えて一旦別れ、初めて入った「藤沢ジョイパーク」で見かけたゲームでした。
数台置いてありましたがどこも満員で、この時点でお金もない事から各台を回って人のプレーを見ていて、みんながタルを飛んだり、ハンマーで殴っていたり、エレベーターをジャンプしていたりと、色々なステージ展開に「遊びたいなぁ~」と指をくわえて見ていました。
その後、母親がジョイパークに来たのでお金を貰って遊びましたが、タルの速さとハシゴから落ちてくるタルに躊躇してしまい、1面もクリアできませんでした。
しかし他の人のプレーを見ているだけでも凄く楽しく、「これは近所に置かれたら、みんなで遊びたい!」と息巻いたゲームでした。
その後、近所の「八組」にすぐに入荷されたので、ここで腕を上げる事にしました(その後、この店は潰れるのですがw)。軍資金はモチロンかーちゃん財布です。
「腕を上げる」といっても、この頃は「ただのゲーム好き」なだけで、クラスではソレは知られているものの、別段ゲームがそれ程上手いという訳でもなく(この辺りで「パックマン」の永パはしていましたが)、普通に3周目に行ける程度のレベルでした。
それでも、このゲームをプレーしていた息は長く、型落ちしてからも20円で何度も遊んでいたので、ファミリーコンピュータ版が出るまでは相当な回数遊んでいます。お陰で好き過ぎて、変なネタや想い出が沢山できました。
という事で、まずはステージ毎の想い出を書いてみます。
【25m:ハシゴからちょっと手を出す】
レトロアーケードゲーマーなら当たり前の事なのですが、このゲームの25mステージではハシゴからちょっと手を出すと「タルがハシゴを伝って来なくなります(モノによっては落ちるヤツも見た事はある)」。これは結構早くに人のプレーを見て知ってしまったテクニックなのですが、「なんでだろう?」とは思わずに「そういうものなんだな。」という感覚です。
そういう仕様なのか今でも知らないのですが「そういうものなんだな。」で通す事にしています。

とてもプレイヤーに優しい仕様。
初日にこれを知っていたら、躊躇しなかっただろうなぁ~と。
【25m:ワープ】
レトロアーケードゲーマーなら当たり前のネタですが、初期版(前期版)だと25mで2段目の先端からワープができるバグがあります。この技はゲームセンターのそこらじゅうで広まり、私達の間では「クビチョンパ」というの技で浸透しました。

ここでレバーを右に叩く感じでマリオをスライド。

ワープ!!
写真のとおりマリオが画面の下部と上部で映り、首が切れて見えるから、そういう名前で呼んでいました。
2021年09月の現在、Twitter検索で「ドンキーコング チョンパ」と検索してみると、呼ぶ人は呼んでいる感じですね。(´▽`)
【25m&50m:OIL缶】
25mと50mで出てくるOIL缶や炎には当り判定があり、OIL缶の上部に触れるとマリオが死にます。ただし、25mに至っては真横から重なる分には死にません。重なってジャンプをすると死にます。
普通、このOIL缶に衝突するなんて事は誰もしない訳ですが、ある程度の時が進み、このゲームを普通に遊ぶ事に飽きて来ているなか、型落ちしてプレー料金も安くなり、変な操作が多くなってくると、始まった瞬間左にバックジャンプとかする操作とかしてしまい、「あっ、これ死ぬんだね~」という全く意味の無い中にも、普通では知れないような仕様に対して、ちょっとした感動を覚えたりしていました。(「みんな知らねーだろ、俺は知ってるぜ…」みたいな感じです)
この時代に始まってすぐにミスするアーケードゲームは幾つかありますが、ここまで早く即死できるゲームもあまり無い気がします。

始まった瞬間に即死w
そしてこのOIL缶、スプライトの優先順位がマリオよりも上なので、マリオが隠れるのも当時としては「画期的」でした。私の中で「スプライト(の表示優先順位)を意識した初めてのゲーム」で、「物に隠れる」という事=「物」というスプライト(=オブジェクト)を意識した訳です。(「スプライト」という単語自体はこの数年後に知ることになる)
即死ネタは優先順位の後に知った訳ですが、今でも50mとかは最初の方のレベルでは火の玉が降りてくる前にOIL缶の下でジャンプする癖があったりします。
あと今回記事を書く流れで知ったのですが、25~75mに出てくる火の玉って、Wikipediaによると「ひのこ」っていうみたいですね、どこソースなんだろう…100mのは「おじゃま虫」というのはファミコン版の取説で知っているけど…(インストラクションカードには敵の名称は記載されていない)

ついつい飛んでしまうw
某ゲームセンターでも11年前に飛んでいたな…
更にOIL缶ネタでいうと、50mのOIL缶はギリギリでジャンプができ、得点が入ります。
これを当時は「根性試し」と言って、「おい、オマエ飛んでみろよ。」なんてやっていました。

ベルトコンベアーの動きも相俟って、かなりギリギリですw
【50m:ベルトコンベアーに乗っているもの】
50mのベルトコンベアーに乗ってくるのは恐らく石炭だとは思うのですが、当時このゲームが初見だった友人とかは、これが何か分からず、「ねぇ、このカレーライスは何なの?」と聴かれてビックリしました。
たしかにカレーライスと思ってもおかしくないのか…と思いつつ、私の中では「火にくべるものなんて、石炭位しかねーだろ…」だったので、「黄色いのに石炭と思う自分もある意味どうかしている」というゲームの自由さに色々と考えさせられました。(その後「ペンゴ」が「赤と緑というサイケ色合いな事」でも同じ事を思うように…)
なお、上述同様に「ドンキーコング ベルトコンベアー」で検索すると、「カレーライス」言っている人が散見されて笑いました。
やっぱカレーライスなんじゃないのか?(んなバカなw)
【75m:ショートカット】
このゲームが出回ったばかりの頃、75mの攻略は2個目のエレベータを下に降りて行き、上に上って行く事が普通でした。
それが上手い人になってくると、2個目のエレベータで上段から上って行く事が普通で、下から進む人は「ヘタクソ」のレッテルを貼られるようになりました。(少なくとも私の界隈では)
2周目以降のエレベータは、かなり滑らかで高速に下降して行き、1周目のような乗り易い上段には着地できない仕様となっているので、上段のすぐ下の小さな足場に着地する事が必須となります。
これが当時は結構ヒヤヒヤもので、この瞬間の脳内クロックは爆上りして凄くスローに見えるお陰で、マリオが着地した瞬間に尻餅を付くキャラパターンが脳内で焼き付きました。

マリオの尻餅
このパターンは通常ジャンプでは一瞬、高い所から落ると長時間表示されるパターンで、高い所から落ちて死亡した時にも長く表示されるのですが、死なないでこのパターンをしっかり見るのは75mのココだけだと思っています。
このお陰で「マリオブラザーズ」のマリオ(とルイージ)のスリップパターンや「バルーンファイト」のプレイヤーのスリップパターンを見て、「ドンキーコングと同じだっ!」と興奮する私が誕生しました。(´д`;ハアハア

コレです。
人差し指が下向いているのがポイントw
ちなみにマリオの配色は「マリオブラザーズ」から赤青が逆になりましたが、私はアーケード版のマリオブラザーズの配色とドットパターンが一番好きで、スーパーマリオシリーズ以降は私の中のマリオではありません。
色も変なものが多いし、帽子も赤で固定されたし、ミッキーマウスのような変な甲高い声で喋るデブで変なオジサンです。
【75m:ジャッキの攻略】
初めて見たときは、「こんなのどうやってクリアするんだ!?」と驚きましたが、慣れて来ると3周目位までは、割と簡単にクリアできるようになりました。
しかし3周目位からジャッキの攻略がキツくなり、色々と分ってきてはいるものの、レバー捌きのちょっとしたミスで即死に繋ります。

高次ステージでは先ずここに来てやり過し、
とあるタイミングでジャッキに当る位の移動でハシゴを登る。

ここまで来たら当らなくなるので、少し休憩をしていたりしていた。
当時、周囲ではこの飛んでくるものを「バネ」とか「ジャッキ」とか言っていましたが、私は「ジャッキ」ですね。
この後のシリーズでは、「ドンキーコングJR.」「スーパーマリオブラザーズ」にステージギミックとして登場しますが、21世紀になると「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズにも登場するという、愛されているオブジェなんだなぁ~なんて思ったりします。
【100m:根性見せ】
このゲームは画面端に向ってマリオをジャンプさせると跳ね返ってくる仕様ですが、100mの4段目で飛び込むと普段よりも結構バウンドして戻って来ます。
当時、この跳ね返りが気持ち良くて、「どこまで跳ね返るか競争しようぜ。」みたいな遊びができました。
これを「根性見せ」と言って、あと1ドットズレると落下して死ぬという、いわばチキンレースをしました。
ギリギリの跳ね返りをすると、下から打ち上がったようにマリオが戻ってきて、「おぉ~!オマエ、カッコイイ戻りを見せたな!」…みたいなw
超下らない遊びなのですが、100mをプレーすると今でもやってしまう遊びだったりします。
跳ね返りのリズムがいいんですよね。
50mのOIL缶の下でジャンプする位意味がないですw
【100m:点数稼ぎ】
ドンキーコングに触れるとマリオは死んでしまうのですが、触れる少し横で真上にジャンプし、ジャンプ中にレバーを右に倒すと100点が入ります。

今となってはレトロアーケードゲーマー内では常識。
初めてこの技を見たのはドンキーコング全盛期だったのですが(25mワープが流行った少し後)、知らない人が実施していたため実現方法が分からなく、「一体どうやって、アレをやっているのだろう…」とコングの隣りで意味の無いジャンプをしていました。
その数年後、K井と知り合い、近所のジャスコで一緒に遊んでいたところ、型落ちしたドンキーコングをプレーした際に唐突にこれをやり始め、「おっ、お前、それどうやったんだ? その技は前から見た事はあったけど、どうやってやるか教えてくれよ…」と聴いてみたら、
「ナイショ。教えなぁ~いw」
と、ヌカしてきやがりました。
「(このクソがぁ~! グヌヌ…)」と思いましたが、当時、K井とゲーム(やプログラミング)で張り合っていた所があったので、厨二病でプライドが高かった私にはコイツにこの裏技を聴く事ができません。
「(こーなったら…)」と、「だったら教えてくれなくていいよ。へっ!」と言って、一旦K井から離れ、ヤツが2周目の100mに行くのを遠めで確認し、100mに行ってから静かにヤツに近付き、少し後からヤツのレバーさばきをスチールして技を習得しました。
「なるほどね。そーやるんだ。(ニヤニヤ…)」と後から声をかけると、「あっ!キタネー! OKI、オメー後ろから動かし方を見やがったな!(#`皿´)」 「はは~ん!オメーが教えねーから盗んでやった。」と、この方法を覚えました。
「教えたんだから、なんかオゴれよ。」というK井に、「知るか。教えてくんねーヤツには、オゴる金なんかねーよ。」という感じでしたが、結局スガキヤのソフトクリームだかなんだかをオゴってあげて、スガキヤでこの技について話などをしました。
という感じで、各ステージの色々な想い出を挙げてみました。
◇ ◇ ◇
次は移植版の想い出を。
【ゲーム&ウオッチ版】
私の中では「このドンキーコングがゲーム&ウオッチで一番売れたのでは?」と勝手に思う位、周囲では人気がありました。ファミリーコンピュータリリース前の1980年代前半、マルチスクリーン位までのゲーム&ウオッチの人気は物凄く、10~20代なら猫もしゃくしもゲーム&ウオッチ! ♪ゲームウオッチ、いつでもゲームウオッチ、どこでもゲームウオッチ、誰でもゲームウオッチ、ゲームウオッチ~ もしくは別メーカーの類似携帯ゲームを持ってるんじゃないの?位の感覚がありました。(OKI比)
ただし、私の周囲では同じものを持っている人が非常に少なく、「誰某がアレを持ってて、誰某がアレを持ってる…」みたいなデータベースがあり、皆で集まってそれぞれの携帯ゲーム機で遊んでいました。その中でも「ドンキーコング」を持っている人の被り具合が一番多かったという、それ位人気がありました。
ゲーム&ウオッチのドンキーコングは個人的に出来が良いと今でも思っており、シンプルの中にヒット&アウェイが成立していて楽しいゲームだと思っています。
当時の私の想い出に「ゲーム&ウオッチ ドンキーコング事件」というのがあり、このゲームがリリースしたての頃、ゲーム&ウオッチ(というかテレビゲーム全般)を買ってもらえなかったY田が、ある日、公園でゲーム&ウオッチの「ドンキーコング」を遊んでいた年下の友人にソレを遊ばせてもらったのですが、その子のゲーム&ウオッチの交換したばかりの電池が切れるまで遊んでしまい、友人達に「○○○くん(持ち主)のゲームの新品の電池が切れるまで一人で遊びやがって!この貧乏人!」と数人からバッシングに受けて、半ベソをかいているのを見た事がありました。家庭的にゲームを禁止されていた分、その魅力的なそのゲームは友人の電池が切れてしまう程、楽しかったのだと思います。
ハードは違えど、当時としてはそれ位の魅力を持っていたこのゲームはマルチスクリーンというのがカッコ良く(CMで「コンパクト?ノー。ゲームウオッチマルチスクリーン。」というのをO滝先輩がしょっちゅう真似してたw)、ファミリーコンピュータの前進となる「十字キー」が採用されたのは大きかったです。
Nintendo(糞)Switchには不採用ですが(反省してか廉価版では標準に戻ったけど)、Wii系までは採用されていた神コントローラの元祖ですしね。

ゲーム&ウオッチ版 ドンキーコング。
所有はしているけど、液晶をリペアしないとダメなレベル。
壊れていても想い出のあるゲーム機なので修理は老後の楽しみに…
まぁ、プレー感覚無視なら、故・クラブニンテンドーの「GAME & WATCH COLLECTION」で遊ぶ事も可能っちゃ可能ではありますが…(^^;
【クレイジーコング】
レトロアーケードゲーム好きには常識なデッドコピーである「クレイジーコング」。今でも変な形で愛されているようで、Twitter界隈では「このバージョンのコングをアイコンにしている人」も見かけたりしますw
私はPart I版の赤いゴリラが「凄く気持ち悪く」て、50mで左右に動いている速度とブラウン管越しにボヤけた配色での赤い目が全部赤で塗りつぶされてギョロッした目になっていたお陰で、このコングが「ガイコツ」に見えてしまい、非常に不快感を覚えました。
ゲーム自体は亜流のドンキーコングとして遊べましたが、たいしてプレーしませんでした。
しかしPart IIになってから、コングの色が茶色に統一され、地形がアレンジされ、更にはデモ画面でコングが脱走するようになって、ある意味Part Iのサブセット(パワーアップ)版という位置付けになり、こちらは結構遊ぶようになりました。
ご存知(?)ファルコンw
Part IIは鉄骨が切れていたりする。
ある日、音楽の時間に友人がピアノを逆から弾く遊びをしていたのですが、これを聴いて「!?」となりました。このゲームの死亡音はピアノを高音域から左に向かって順に弾くと再現できる曲だったりするのですが、誰かにこの感動を伝えようにも、クラスメートでクレイジーコングをプレーしている人が当時一人もいなかったという…
仕方がないので自宅にあったエレクトーンで近所の幼馴染み連中に聴かせたのですが、「そ、そうだね…」程度のリアクションをされてしまい、「もう、これは俺の中で封印だ…」と今に至ります。(ここでついに解放)
昔、ピアノを弾く趣味をしていた頃、気分転換にこれを鳴らしていたりしていましたが、これを弾かなくなって10数年経ちました。
次はいよいよファミリーコンピュータ版の想い出です。これは日本ではセンセーショナルな出来事でした。
まだこの時代、コンシューマ畑は良くても「ぴゅう太」が色的に一番アーケードゲームの移植をしっかりしていた程度な訳で(カセットビジョン?…げふんげふん)、それがファミリーコンピュータは多数のスプライト+同時3色発色+強力なBG+強力なPSG+拡張I/Oありで登場してきた訳です。
アーケード版を知らない人、ドンキーコングは知っている、または見た事ある人であれば、これは「そっくり移植」に見えてしまうレベルです。
私も発売される前のCMをフジテレビ系列で見かけるようになってから、「この番組ではファミリーコンピュータのCMが高確率で放送される」というデータベースを脳内で作成した程です。特に「オレたちひょうきん族」での放送はガチで、このCMのためにドリフを一切見なくなった程です(言い過ぎではない)。
そのCMで「ポパイ」や「ドンキーコング」、まだゲームセンターでリリースされたばかりの「マリオブラザーズ」が映った日には、「コレ、絶対に買わないと!!(*゚∀゚)=3 ムッハー!!」と息巻いたものです。
そして1983年の7月。最初は本体が買えなかった私は、試遊台としてジャスコに置いてあったドンキーコングを遊んだ訳ですが…
【ファミリーコンピュータ版の移植:レディの段差】
最初にビックリした事は忘れもしない「ゴールにいるレディの居る床の段差」です。これは初プレーというよりも、CMで見た時の感想です。「なんだこりゃ? なんで、ここだけ下ってるんだろ?」です。

レディの段差。
「もうちょい上じゃダメなの?」と当時は思った。
実際に遊んでも同じだったので、「CMどおりだな…」という所感です。私はこの時点でテレビゲームに「縦モニター」と「横モニター」という概念がある事を理解してなかったのです。ガキの知識でした。
プログラミングを始めた年はこの前年だったのですが、自宅でやるものは横モニター、ゲームセンターのものは(大半)が縦モニターという考えをこの時点で理解していなかったのです。「インベーダー」の前のブロック崩しから遊んでいたというのに…
このゲームで初めてこの事を理解し、且つ「移植」というものについて考えさせられました。何故、縦と横があるのか?何故ゲームセンターのゲームは縦モニターが良いのか? 理由も分からないままノートに知っているゲームを沢山列挙し、縦と横のモニターリストを作ったりしました。
【ファミリーコンピュータ版の移植:50m】
次に驚いたのは、50mがオミットされていた事です。これはジャスコでプレーして「えっ!?」と思いました。
それが容量や技術の問題とかも分からず、「なんで?なんで無いの?」というシンプルな感想でした。
少し話が前後しますが、ジャスコでのプレー後、すぐに別のお店の試遊台で「ドンキーコングJR.」を遊んだのですが、「こっちはかなり良い感じ。本物そっくりだ!」なんて、カワイイ事を言ってました。
実際は画面が横なのに雰囲気が凄く良く出来ているし、全ステージも実装されていたので、「こっちを買おう。」と私の初ファミコンソフトが「ドンキーコング」ではなく「ドンキーコングJR.」になった決め手でした。
(でも本当に欲かったのは、まだリリースされていない「マリオブラザーズ」だったのですがw)
【ファミリーコンピュータ版の移植:100m】
50mの未実装にガッカリしつつ、レディが変なところに乗っているのも、考えないようにしつつ、とりあえず1周をしました。
…が、ここでも違和感が。
こらしめシーン。
左:ファミリーコンピュータ版/右:アーケード版
「なんだこりゃ? コングがクネクネ動いているぞ???」と、アーケード版当時の「コング、これって即死してんじゃないの?w」位の痛さ加減が全く伝わらないマイルドな表現。
「これじゃぁ、こらしめているレベルじゃなくて、また悪事を働くよねー。クレイジーコング位、頭が反転して首の骨が折れてんじゃないの?」位やって欲しい気分でした。
…と、私の中では酷評な移植となりました。
お陰でドンキーコングを購入したのは、相当後になってからとなりました。
(一応カセットを持ってはいますが、今となってはNintendo Switch Onlineでサブスクリプションで遊べます。(^^ゞ)
正直、移植版は「コレジャナイ」感が強かったという想い出でした。
【池上通信機裁判】
1985年のアーケード業界誌(コインジャーナル)だったか、トラ技系の雑誌だったか覚えていないのですが、Y本くんがこの辺りの雑誌を読んで「池上通信機裁判」を知り、私に「任天堂ってヒドイ会社なんだよ。俺、ここのゲーム嫌いになっちゃうよ。」と息巻いていました。話を聴くとなんでも「ドンキーコングは任天堂が作ったものではなく、池上通信機という会社が作った」、「任天堂は勝手にゲームをコピーして、ゲームセンターに配った」との事でした。
「へぇ~!そうなんだ! じゃぁ、ドンキーコングJR.は? 俺の大好きなマリオブラザーズや今でもやってるドンキーコング3もそうなの?」と聴くと、「知らないよ。それは書いてなかった。」と一蹴されました。
この頃の私は「任天堂のアーケードゲームLOVE」状態で、特に「マリオブラザーズ」「ドンキーコング3」の型落ちゲームは心のゲームにまでなっていました。それがこんな事言われても嫌いになれるハズがありません。
今でいう「大人の事情」と割り切って、ファミリーコンピュータのゲームも嗜んで、そろそろ失速気味のアーケードの方は、VS.システムで家庭用のものがゲームセンターに置かれ始めて、「もう任天堂はドンキーコング3で終りなのかな…」と思い始めていました。
ドンキーコングを作った池上通信機と任天堂の裁判は、ドンキーコングのみだったという事、また、池上通信機はドンキーコング製作のすぐ後に「ティップタップ」をリリースしていた訳ですが、私はこれらの事をインターネットで1980年代のアーケードゲームの事を検索できるようになってから知る事になり、池上通信機って凄い技術力の会社だっただなぁ~と思うと同時に、1990年台頭に毎日「池上通信機の前を単車で通って通勤していた」ので、「知らぬが仏。あそこでドンキーコングやティップタップを作っていた神工場(工業用テレビジョン機器工場)だったのかなぁ~」なんて、21世紀になってから思った想い出があります。
【逆転イッパツマン発進シーン】
インターネット検索(やTwitter検索)でも見かけないネタなので挙げておこうかと思いますが、「逆転イッパツマン」の2話以降の発進シーンで、「ギャラクシアン」のオープニングジングルと一緒に、ドンキーコングのステージ開始ジングルが鳴っていたりします。
当時、このようなテレビ内でゲームのBGMが鳴るというのは子供心にワクワクしてしまい、「ゲームセンターのゲームの音がテレビで鳴ってる!」とニヤリとしていました。しかしネタ的にも割とマニアックなので誰に話す訳でもなく私の心の中に留めておく感じで、このような話ができる時が出来るまで寝かしておいた感じです。実に39年の時を経ての解放ですw
第2話の発進シーンから鳴る。
ここだけ動画(10秒程度)上げたいけど、タツノコプロに殺されるのでやめときます。
1990年代になるとサントラも充実してきているので、バラエティ番組やクイズ番組でテレビゲームのSEやBGMを聴く事が多くなりましたが、私の中ではこの辺りが先駆けという感じです。(少し前には「ひらけ!ポンキッキ」でも「ムーンクレスタ」のオープニング曲が鳴っていたりしてました)
逆転イッパツマンネタは誰も知らないとして、「NO MORE 映画泥棒」の中で、マリオの死亡音(っぽいもの)が鳴っているのは皆気がついているみたいで、「映画泥棒 ドンキーコング」で検索すると沢山出てきて安心しますw
◇ ◇ ◇
今回はアーケードアーカイブスで遊んでスクリーンショットをお手軽に録りましたが、何気にオリジナルは所有していたりします。(^^)
基板はかなりナーバス…
実家にアンプがあったはずなのですが見つからないので、別途用意しました。
あと、基板に(C)でなくて[C]マークのものがあるらしいですね。ネット検索したところ鬼のように基板を蒐集してドヤっている人の写真で、その存在を知りました。(^^ゞ
(RGB反転回路不要版で、且つ精巧なコピーみたいですね)
これを知って、実家に眠っている何枚かのドンキーコングの基板にコピー基板もあるかもしれなぁ~なんて思ったりして。(ちゃんと確認したことない) まぁ、今となっては楽しく遊べればアーケードアーカイブス版で十分なので、オリジナルは想い出を補完するための媒体として大事に保管しておこうかと思います。
(2018年になるまで、これだけしっかりしたものが移植されるなんて思いもよらなかったので、昔は任天堂の大好きゲームはオリジナル所有が必須だと思っていました)

オンタイムでプレーした事ないですが(大抵の人はそうだろうけど)、こっちもありますw
こっちはステージ構成が違うので、好きではないのですが…
(というかアケアカに移植されているから、こっちで遊んだ方が気楽)
という感じで、久々に沢山の想い出を色々と書きました。
このテレビゲームは「パックマン」ばりにテレビゲームの垣根を越えて世界に影響を与えた金字塔となり、今年の7月で40周年となる訳ですが、今見ても全ステージのアルゴリズムが秀逸で…というか、今見るとオーパーツのような出来で、本当に凄いなぁ~と改めて感心してしまいます。
P.S.

「観点が違いすぎる(どやぁ)」というのは、
こういうレベルで言ってもらえると
「スゲー!確かに!」となるのですが。
あの程度のライトユーザ発言じゃ、「ふつう」すぎるぜw (ダブルミーニング)
ということで、久々にアーケード・マニアックっぽいノリでバルブを開きました。(どやぁ)
といっても、ゲームタイトル自体は全くマニアックでもなんでもないのですが。(^^ゞ
このゲームは1981年の夏休みに入ってからすぐ、母親が藤沢に買い物に行くのにくっついて行き、同じビルでゲームセンターがあるのを見付けたので、「ここにいるね。」と伝えて一旦別れ、初めて入った「藤沢ジョイパーク」で見かけたゲームでした。
数台置いてありましたがどこも満員で、この時点でお金もない事から各台を回って人のプレーを見ていて、みんながタルを飛んだり、ハンマーで殴っていたり、エレベーターをジャンプしていたりと、色々なステージ展開に「遊びたいなぁ~」と指をくわえて見ていました。
その後、母親がジョイパークに来たのでお金を貰って遊びましたが、タルの速さとハシゴから落ちてくるタルに躊躇してしまい、1面もクリアできませんでした。
しかし他の人のプレーを見ているだけでも凄く楽しく、「これは近所に置かれたら、みんなで遊びたい!」と息巻いたゲームでした。
その後、近所の「八組」にすぐに入荷されたので、ここで腕を上げる事にしました(その後、この店は潰れるのですがw)。軍資金はモチロンかーちゃん財布です。
「腕を上げる」といっても、この頃は「ただのゲーム好き」なだけで、クラスではソレは知られているものの、別段ゲームがそれ程上手いという訳でもなく(この辺りで「パックマン」の永パはしていましたが)、普通に3周目に行ける程度のレベルでした。
それでも、このゲームをプレーしていた息は長く、型落ちしてからも20円で何度も遊んでいたので、ファミリーコンピュータ版が出るまでは相当な回数遊んでいます。お陰で好き過ぎて、変なネタや想い出が沢山できました。
という事で、まずはステージ毎の想い出を書いてみます。
【25m:ハシゴからちょっと手を出す】
レトロアーケードゲーマーなら当たり前の事なのですが、このゲームの25mステージではハシゴからちょっと手を出すと「タルがハシゴを伝って来なくなります(モノによっては落ちるヤツも見た事はある)」。これは結構早くに人のプレーを見て知ってしまったテクニックなのですが、「なんでだろう?」とは思わずに「そういうものなんだな。」という感覚です。
そういう仕様なのか今でも知らないのですが「そういうものなんだな。」で通す事にしています。

とてもプレイヤーに優しい仕様。
初日にこれを知っていたら、躊躇しなかっただろうなぁ~と。
【25m:ワープ】
レトロアーケードゲーマーなら当たり前のネタですが、初期版(前期版)だと25mで2段目の先端からワープができるバグがあります。この技はゲームセンターのそこらじゅうで広まり、私達の間では「クビチョンパ」というの技で浸透しました。

ここでレバーを右に叩く感じでマリオをスライド。

ワープ!!
写真のとおりマリオが画面の下部と上部で映り、首が切れて見えるから、そういう名前で呼んでいました。
2021年09月の現在、Twitter検索で「ドンキーコング チョンパ」と検索してみると、呼ぶ人は呼んでいる感じですね。(´▽`)
【25m&50m:OIL缶】
25mと50mで出てくるOIL缶や炎には当り判定があり、OIL缶の上部に触れるとマリオが死にます。ただし、25mに至っては真横から重なる分には死にません。重なってジャンプをすると死にます。
普通、このOIL缶に衝突するなんて事は誰もしない訳ですが、ある程度の時が進み、このゲームを普通に遊ぶ事に飽きて来ているなか、型落ちしてプレー料金も安くなり、変な操作が多くなってくると、始まった瞬間左にバックジャンプとかする操作とかしてしまい、「あっ、これ死ぬんだね~」という全く意味の無い中にも、普通では知れないような仕様に対して、ちょっとした感動を覚えたりしていました。(「みんな知らねーだろ、俺は知ってるぜ…」みたいな感じです)
この時代に始まってすぐにミスするアーケードゲームは幾つかありますが、ここまで早く即死できるゲームもあまり無い気がします。

始まった瞬間に即死w
そしてこのOIL缶、スプライトの優先順位がマリオよりも上なので、マリオが隠れるのも当時としては「画期的」でした。私の中で「スプライト(の表示優先順位)を意識した初めてのゲーム」で、「物に隠れる」という事=「物」というスプライト(=オブジェクト)を意識した訳です。(「スプライト」という単語自体はこの数年後に知ることになる)
即死ネタは優先順位の後に知った訳ですが、今でも50mとかは最初の方のレベルでは火の玉が降りてくる前にOIL缶の下でジャンプする癖があったりします。
あと今回記事を書く流れで知ったのですが、25~75mに出てくる火の玉って、Wikipediaによると「ひのこ」っていうみたいですね、どこソースなんだろう…100mのは「おじゃま虫」というのはファミコン版の取説で知っているけど…(インストラクションカードには敵の名称は記載されていない)

ついつい飛んでしまうw
某ゲームセンターでも11年前に飛んでいたな…
更にOIL缶ネタでいうと、50mのOIL缶はギリギリでジャンプができ、得点が入ります。
これを当時は「根性試し」と言って、「おい、オマエ飛んでみろよ。」なんてやっていました。

ベルトコンベアーの動きも相俟って、かなりギリギリですw
【50m:ベルトコンベアーに乗っているもの】
50mのベルトコンベアーに乗ってくるのは恐らく石炭だとは思うのですが、当時このゲームが初見だった友人とかは、これが何か分からず、「ねぇ、このカレーライスは何なの?」と聴かれてビックリしました。
たしかにカレーライスと思ってもおかしくないのか…と思いつつ、私の中では「火にくべるものなんて、石炭位しかねーだろ…」だったので、「黄色いのに石炭と思う自分もある意味どうかしている」というゲームの自由さに色々と考えさせられました。(その後「ペンゴ」が「赤と緑というサイケ色合いな事」でも同じ事を思うように…)
なお、上述同様に「ドンキーコング ベルトコンベアー」で検索すると、「カレーライス」言っている人が散見されて笑いました。
やっぱカレーライスなんじゃないのか?(んなバカなw)
【75m:ショートカット】
このゲームが出回ったばかりの頃、75mの攻略は2個目のエレベータを下に降りて行き、上に上って行く事が普通でした。
それが上手い人になってくると、2個目のエレベータで上段から上って行く事が普通で、下から進む人は「ヘタクソ」のレッテルを貼られるようになりました。(少なくとも私の界隈では)
2周目以降のエレベータは、かなり滑らかで高速に下降して行き、1周目のような乗り易い上段には着地できない仕様となっているので、上段のすぐ下の小さな足場に着地する事が必須となります。
これが当時は結構ヒヤヒヤもので、この瞬間の脳内クロックは爆上りして凄くスローに見えるお陰で、マリオが着地した瞬間に尻餅を付くキャラパターンが脳内で焼き付きました。

マリオの尻餅
このパターンは通常ジャンプでは一瞬、高い所から落ると長時間表示されるパターンで、高い所から落ちて死亡した時にも長く表示されるのですが、死なないでこのパターンをしっかり見るのは75mのココだけだと思っています。
このお陰で「マリオブラザーズ」のマリオ(とルイージ)のスリップパターンや「バルーンファイト」のプレイヤーのスリップパターンを見て、「ドンキーコングと同じだっ!」と興奮する私が誕生しました。(´д`;ハアハア

コレです。
人差し指が下向いているのがポイントw
ちなみにマリオの配色は「マリオブラザーズ」から赤青が逆になりましたが、私はアーケード版のマリオブラザーズの配色とドットパターンが一番好きで、スーパーマリオシリーズ以降は私の中のマリオではありません。
色も変なものが多いし、帽子も赤で固定されたし、ミッキーマウスのような変な甲高い声で喋るデブで変なオジサンです。
【75m:ジャッキの攻略】
初めて見たときは、「こんなのどうやってクリアするんだ!?」と驚きましたが、慣れて来ると3周目位までは、割と簡単にクリアできるようになりました。
しかし3周目位からジャッキの攻略がキツくなり、色々と分ってきてはいるものの、レバー捌きのちょっとしたミスで即死に繋ります。

高次ステージでは先ずここに来てやり過し、
とあるタイミングでジャッキに当る位の移動でハシゴを登る。

ここまで来たら当らなくなるので、少し休憩をしていたりしていた。
当時、周囲ではこの飛んでくるものを「バネ」とか「ジャッキ」とか言っていましたが、私は「ジャッキ」ですね。
この後のシリーズでは、「ドンキーコングJR.」「スーパーマリオブラザーズ」にステージギミックとして登場しますが、21世紀になると「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズにも登場するという、愛されているオブジェなんだなぁ~なんて思ったりします。
【100m:根性見せ】
このゲームは画面端に向ってマリオをジャンプさせると跳ね返ってくる仕様ですが、100mの4段目で飛び込むと普段よりも結構バウンドして戻って来ます。
当時、この跳ね返りが気持ち良くて、「どこまで跳ね返るか競争しようぜ。」みたいな遊びができました。
これを「根性見せ」と言って、あと1ドットズレると落下して死ぬという、いわばチキンレースをしました。
ギリギリの跳ね返りをすると、下から打ち上がったようにマリオが戻ってきて、「おぉ~!オマエ、カッコイイ戻りを見せたな!」…みたいなw
超下らない遊びなのですが、100mをプレーすると今でもやってしまう遊びだったりします。
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50mのOIL缶の下でジャンプする位意味がないですw
【100m:点数稼ぎ】
ドンキーコングに触れるとマリオは死んでしまうのですが、触れる少し横で真上にジャンプし、ジャンプ中にレバーを右に倒すと100点が入ります。

今となってはレトロアーケードゲーマー内では常識。
初めてこの技を見たのはドンキーコング全盛期だったのですが(25mワープが流行った少し後)、知らない人が実施していたため実現方法が分からなく、「一体どうやって、アレをやっているのだろう…」とコングの隣りで意味の無いジャンプをしていました。
その数年後、K井と知り合い、近所のジャスコで一緒に遊んでいたところ、型落ちしたドンキーコングをプレーした際に唐突にこれをやり始め、「おっ、お前、それどうやったんだ? その技は前から見た事はあったけど、どうやってやるか教えてくれよ…」と聴いてみたら、
と、ヌカしてきやがりました。
「(このクソがぁ~! グヌヌ…)」と思いましたが、当時、K井とゲーム(やプログラミング)で張り合っていた所があったので、厨二病でプライドが高かった私にはコイツにこの裏技を聴く事ができません。
「(こーなったら…)」と、「だったら教えてくれなくていいよ。へっ!」と言って、一旦K井から離れ、ヤツが2周目の100mに行くのを遠めで確認し、100mに行ってから静かにヤツに近付き、少し後からヤツのレバーさばきをスチールして技を習得しました。
「なるほどね。そーやるんだ。(ニヤニヤ…)」と後から声をかけると、「あっ!キタネー! OKI、オメー後ろから動かし方を見やがったな!(#`皿´)」 「はは~ん!オメーが教えねーから盗んでやった。」と、この方法を覚えました。
「教えたんだから、なんかオゴれよ。」というK井に、「知るか。教えてくんねーヤツには、オゴる金なんかねーよ。」という感じでしたが、結局スガキヤのソフトクリームだかなんだかをオゴってあげて、スガキヤでこの技について話などをしました。
という感じで、各ステージの色々な想い出を挙げてみました。
次は移植版の想い出を。
【ゲーム&ウオッチ版】
私の中では「このドンキーコングがゲーム&ウオッチで一番売れたのでは?」と勝手に思う位、周囲では人気がありました。ファミリーコンピュータリリース前の1980年代前半、マルチスクリーン位までのゲーム&ウオッチの人気は物凄く、10~20代なら猫もしゃくしもゲーム&ウオッチ! ♪ゲームウオッチ、いつでもゲームウオッチ、どこでもゲームウオッチ、誰でもゲームウオッチ、ゲームウオッチ~ もしくは別メーカーの類似携帯ゲームを持ってるんじゃないの?位の感覚がありました。(OKI比)
ただし、私の周囲では同じものを持っている人が非常に少なく、「誰某がアレを持ってて、誰某がアレを持ってる…」みたいなデータベースがあり、皆で集まってそれぞれの携帯ゲーム機で遊んでいました。その中でも「ドンキーコング」を持っている人の被り具合が一番多かったという、それ位人気がありました。
ゲーム&ウオッチのドンキーコングは個人的に出来が良いと今でも思っており、シンプルの中にヒット&アウェイが成立していて楽しいゲームだと思っています。
当時の私の想い出に「ゲーム&ウオッチ ドンキーコング事件」というのがあり、このゲームがリリースしたての頃、ゲーム&ウオッチ(というかテレビゲーム全般)を買ってもらえなかったY田が、ある日、公園でゲーム&ウオッチの「ドンキーコング」を遊んでいた年下の友人にソレを遊ばせてもらったのですが、その子のゲーム&ウオッチの交換したばかりの電池が切れるまで遊んでしまい、友人達に「○○○くん(持ち主)のゲームの新品の電池が切れるまで一人で遊びやがって!この貧乏人!」と数人からバッシングに受けて、半ベソをかいているのを見た事がありました。家庭的にゲームを禁止されていた分、その魅力的なそのゲームは友人の電池が切れてしまう程、楽しかったのだと思います。
ハードは違えど、当時としてはそれ位の魅力を持っていたこのゲームはマルチスクリーンというのがカッコ良く(CMで「コンパクト?ノー。ゲームウオッチマルチスクリーン。」というのをO滝先輩がしょっちゅう真似してたw)、ファミリーコンピュータの前進となる「十字キー」が採用されたのは大きかったです。
Nintendo(糞)Switchには不採用ですが(反省してか廉価版では標準に戻ったけど)、Wii系までは採用されていた神コントローラの元祖ですしね。

ゲーム&ウオッチ版 ドンキーコング。
所有はしているけど、液晶をリペアしないとダメなレベル。
壊れていても想い出のあるゲーム機なので修理は老後の楽しみに…
まぁ、プレー感覚無視なら、故・クラブニンテンドーの「GAME & WATCH COLLECTION」で遊ぶ事も可能っちゃ可能ではありますが…(^^;
【クレイジーコング】
レトロアーケードゲーム好きには常識なデッドコピーである「クレイジーコング」。今でも変な形で愛されているようで、Twitter界隈では「このバージョンのコングをアイコンにしている人」も見かけたりしますw
私はPart I版の赤いゴリラが「凄く気持ち悪く」て、50mで左右に動いている速度とブラウン管越しにボヤけた配色での赤い目が全部赤で塗りつぶされてギョロッした目になっていたお陰で、このコングが「ガイコツ」に見えてしまい、非常に不快感を覚えました。
ゲーム自体は亜流のドンキーコングとして遊べましたが、たいしてプレーしませんでした。
しかしPart IIになってから、コングの色が茶色に統一され、地形がアレンジされ、更にはデモ画面でコングが脱走するようになって、ある意味Part Iのサブセット(パワーアップ)版という位置付けになり、こちらは結構遊ぶようになりました。
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Part IIは鉄骨が切れていたりする。
ある日、音楽の時間に友人がピアノを逆から弾く遊びをしていたのですが、これを聴いて「!?」となりました。このゲームの死亡音はピアノを高音域から左に向かって順に弾くと再現できる曲だったりするのですが、誰かにこの感動を伝えようにも、クラスメートでクレイジーコングをプレーしている人が当時一人もいなかったという…
仕方がないので自宅にあったエレクトーンで近所の幼馴染み連中に聴かせたのですが、「そ、そうだね…」程度のリアクションをされてしまい、「もう、これは俺の中で封印だ…」と今に至ります。(ここでついに解放)
昔、ピアノを弾く趣味をしていた頃、気分転換にこれを鳴らしていたりしていましたが、これを弾かなくなって10数年経ちました。
次はいよいよファミリーコンピュータ版の想い出です。これは日本ではセンセーショナルな出来事でした。
まだこの時代、コンシューマ畑は良くても「ぴゅう太」が色的に一番アーケードゲームの移植をしっかりしていた程度な訳で(カセットビジョン?…げふんげふん)、それがファミリーコンピュータは多数のスプライト+同時3色発色+強力なBG+強力なPSG+拡張I/Oありで登場してきた訳です。
アーケード版を知らない人、ドンキーコングは知っている、または見た事ある人であれば、これは「そっくり移植」に見えてしまうレベルです。
私も発売される前のCMをフジテレビ系列で見かけるようになってから、「この番組ではファミリーコンピュータのCMが高確率で放送される」というデータベースを脳内で作成した程です。特に「オレたちひょうきん族」での放送はガチで、このCMのためにドリフを一切見なくなった程です(言い過ぎではない)。
そのCMで「ポパイ」や「ドンキーコング」、まだゲームセンターでリリースされたばかりの「マリオブラザーズ」が映った日には、「コレ、絶対に買わないと!!(*゚∀゚)=3 ムッハー!!」と息巻いたものです。
そして1983年の7月。最初は本体が買えなかった私は、試遊台としてジャスコに置いてあったドンキーコングを遊んだ訳ですが…
【ファミリーコンピュータ版の移植:レディの段差】
最初にビックリした事は忘れもしない「ゴールにいるレディの居る床の段差」です。これは初プレーというよりも、CMで見た時の感想です。「なんだこりゃ? なんで、ここだけ下ってるんだろ?」です。

レディの段差。
「もうちょい上じゃダメなの?」と当時は思った。
実際に遊んでも同じだったので、「CMどおりだな…」という所感です。私はこの時点でテレビゲームに「縦モニター」と「横モニター」という概念がある事を理解してなかったのです。ガキの知識でした。
プログラミングを始めた年はこの前年だったのですが、自宅でやるものは横モニター、ゲームセンターのものは(大半)が縦モニターという考えをこの時点で理解していなかったのです。「インベーダー」の前のブロック崩しから遊んでいたというのに…
このゲームで初めてこの事を理解し、且つ「移植」というものについて考えさせられました。何故、縦と横があるのか?何故ゲームセンターのゲームは縦モニターが良いのか? 理由も分からないままノートに知っているゲームを沢山列挙し、縦と横のモニターリストを作ったりしました。
【ファミリーコンピュータ版の移植:50m】
次に驚いたのは、50mがオミットされていた事です。これはジャスコでプレーして「えっ!?」と思いました。
それが容量や技術の問題とかも分からず、「なんで?なんで無いの?」というシンプルな感想でした。
少し話が前後しますが、ジャスコでのプレー後、すぐに別のお店の試遊台で「ドンキーコングJR.」を遊んだのですが、「こっちはかなり良い感じ。本物そっくりだ!」なんて、カワイイ事を言ってました。
実際は画面が横なのに雰囲気が凄く良く出来ているし、全ステージも実装されていたので、「こっちを買おう。」と私の初ファミコンソフトが「ドンキーコング」ではなく「ドンキーコングJR.」になった決め手でした。
(でも本当に欲かったのは、まだリリースされていない「マリオブラザーズ」だったのですがw)
【ファミリーコンピュータ版の移植:100m】
50mの未実装にガッカリしつつ、レディが変なところに乗っているのも、考えないようにしつつ、とりあえず1周をしました。
…が、ここでも違和感が。
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左:ファミリーコンピュータ版/右:アーケード版
「なんだこりゃ? コングがクネクネ動いているぞ???」と、アーケード版当時の「コング、これって即死してんじゃないの?w」位の痛さ加減が全く伝わらないマイルドな表現。
「これじゃぁ、こらしめているレベルじゃなくて、また悪事を働くよねー。クレイジーコング位、頭が反転して首の骨が折れてんじゃないの?」位やって欲しい気分でした。
…と、私の中では酷評な移植となりました。
お陰でドンキーコングを購入したのは、相当後になってからとなりました。
(一応カセットを持ってはいますが、今となってはNintendo Switch Onlineでサブスクリプションで遊べます。(^^ゞ)
正直、移植版は「コレジャナイ」感が強かったという想い出でした。
【池上通信機裁判】
1985年のアーケード業界誌(コインジャーナル)だったか、トラ技系の雑誌だったか覚えていないのですが、Y本くんがこの辺りの雑誌を読んで「池上通信機裁判」を知り、私に「任天堂ってヒドイ会社なんだよ。俺、ここのゲーム嫌いになっちゃうよ。」と息巻いていました。話を聴くとなんでも「ドンキーコングは任天堂が作ったものではなく、池上通信機という会社が作った」、「任天堂は勝手にゲームをコピーして、ゲームセンターに配った」との事でした。
「へぇ~!そうなんだ! じゃぁ、ドンキーコングJR.は? 俺の大好きなマリオブラザーズや今でもやってるドンキーコング3もそうなの?」と聴くと、「知らないよ。それは書いてなかった。」と一蹴されました。
この頃の私は「任天堂のアーケードゲームLOVE」状態で、特に「マリオブラザーズ」「ドンキーコング3」の型落ちゲームは心のゲームにまでなっていました。それがこんな事言われても嫌いになれるハズがありません。
今でいう「大人の事情」と割り切って、ファミリーコンピュータのゲームも嗜んで、そろそろ失速気味のアーケードの方は、VS.システムで家庭用のものがゲームセンターに置かれ始めて、「もう任天堂はドンキーコング3で終りなのかな…」と思い始めていました。
ドンキーコングを作った池上通信機と任天堂の裁判は、ドンキーコングのみだったという事、また、池上通信機はドンキーコング製作のすぐ後に「ティップタップ」をリリースしていた訳ですが、私はこれらの事をインターネットで1980年代のアーケードゲームの事を検索できるようになってから知る事になり、池上通信機って凄い技術力の会社だっただなぁ~と思うと同時に、1990年台頭に毎日「池上通信機の前を単車で通って通勤していた」ので、「知らぬが仏。あそこでドンキーコングやティップタップを作っていた神工場(工業用テレビジョン機器工場)だったのかなぁ~」なんて、21世紀になってから思った想い出があります。
【逆転イッパツマン発進シーン】
インターネット検索(やTwitter検索)でも見かけないネタなので挙げておこうかと思いますが、「逆転イッパツマン」の2話以降の発進シーンで、「ギャラクシアン」のオープニングジングルと一緒に、ドンキーコングのステージ開始ジングルが鳴っていたりします。
当時、このようなテレビ内でゲームのBGMが鳴るというのは子供心にワクワクしてしまい、「ゲームセンターのゲームの音がテレビで鳴ってる!」とニヤリとしていました。しかしネタ的にも割とマニアックなので誰に話す訳でもなく私の心の中に留めておく感じで、このような話ができる時が出来るまで寝かしておいた感じです。実に39年の時を経ての解放ですw
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ここだけ動画(10秒程度)上げたいけど、タツノコプロに殺されるのでやめときます。
1990年代になるとサントラも充実してきているので、バラエティ番組やクイズ番組でテレビゲームのSEやBGMを聴く事が多くなりましたが、私の中ではこの辺りが先駆けという感じです。(少し前には「ひらけ!ポンキッキ」でも「ムーンクレスタ」のオープニング曲が鳴っていたりしてました)
逆転イッパツマンネタは誰も知らないとして、「NO MORE 映画泥棒」の中で、マリオの死亡音(っぽいもの)が鳴っているのは皆気がついているみたいで、「映画泥棒 ドンキーコング」で検索すると沢山出てきて安心しますw
今回はアーケードアーカイブスで遊んでスクリーンショットをお手軽に録りましたが、何気にオリジナルは所有していたりします。(^^)
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実家にアンプがあったはずなのですが見つからないので、別途用意しました。
あと、基板に(C)でなくて[C]マークのものがあるらしいですね。ネット検索したところ鬼のように基板を蒐集してドヤっている人の写真で、その存在を知りました。(^^ゞ
(RGB反転回路不要版で、且つ精巧なコピーみたいですね)
これを知って、実家に眠っている何枚かのドンキーコングの基板にコピー基板もあるかもしれなぁ~なんて思ったりして。(ちゃんと確認したことない) まぁ、今となっては楽しく遊べればアーケードアーカイブス版で十分なので、オリジナルは想い出を補完するための媒体として大事に保管しておこうかと思います。
(2018年になるまで、これだけしっかりしたものが移植されるなんて思いもよらなかったので、昔は任天堂の大好きゲームはオリジナル所有が必須だと思っていました)

オンタイムでプレーした事ないですが(大抵の人はそうだろうけど)、こっちもありますw
こっちはステージ構成が違うので、好きではないのですが…
(というかアケアカに移植されているから、こっちで遊んだ方が気楽)
という感じで、久々に沢山の想い出を色々と書きました。
このテレビゲームは「パックマン」ばりにテレビゲームの垣根を越えて世界に影響を与えた金字塔となり、今年の7月で40周年となる訳ですが、今見ても全ステージのアルゴリズムが秀逸で…というか、今見るとオーパーツのような出来で、本当に凄いなぁ~と改めて感心してしまいます。
P.S.

「観点が違いすぎる(どやぁ)」というのは、
こういうレベルで言ってもらえると
「スゲー!確かに!」となるのですが。
あの程度のライトユーザ発言じゃ、「ふつう」すぎるぜw (ダブルミーニング)
ということで、久々にアーケード・マニアックっぽいノリでバルブを開きました。(どやぁ)
といっても、ゲームタイトル自体は全くマニアックでもなんでもないのですが。(^^ゞ
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